AI、ロボット、IoT、スマートファクトリーの普及によって、現実世界から取得される膨大なデータが、ネットワークを通じてAIやクラウドへ送られるようになっています。
特にPhysical AI(フィジカルAI)では、センサーから取得したデータが通信経路を通ってAIへ届き、AIの判断が制御装置や機械の動作へつながります。
伝送データセキュリティとは、センサーやデバイスで生成されたデータがAI・サーバー・制御装置などへ到達するまで、機密性・真正性・完全性・連続性などを保護・検証する考え方です。通信路を守るだけでなく、AIが利用するデータを検証できる状態にすることが重要です。
- 伝送データセキュリティとは何か
- 暗号化と伝送データセキュリティの違い
- Physical AIでData in Transitが重要になる理由
- 伝送中のデータに起こり得る問題
- ハッシュチェーンによるデータの真正性・完全性・連続性の検証
- ハッシュチェーンとブロックチェーンの違い
- 伝送データセキュリティと低遅延の関係
- Device TrustとData Trustを組み合わせる考え方
伝送データセキュリティとは?
伝送データセキュリティとは、センサーやデバイスなどで生成されたデータが、ネットワークや複数の機器を経由してAI・サーバー・制御装置などへ到達するまで、データの機密性・真正性・完全性・連続性などを保護・検証する考え方です。
例えばスマートファクトリーでは、次のような経路でデータが移動します。
このとき重要なのは、「第三者にデータを読まれていないか」だけではありません。
- データの真正性を確認できるか
- 途中でデータが変更されていないか
- 一部のデータが失われていないか
- 別のデータへ差し替えられていないか
- 想定した順序や連続性が維持されているか
- どのデバイスに紐づくデータなのか確認できるか
なぜPhysical AIで伝送データセキュリティが重要なのか
Physical AIでは、AIが現実世界を直接認識しているわけではありません。
カメラ、温度センサー、圧力センサー、LiDAR、マイク、位置センサーなどが現実世界の状態をデータへ変換し、そのデータをAIが処理します。
AIにとってセンサーデータは、現実世界の状態を判断するための重要な入力情報です。そのため入力データに問題があれば、AIモデル自体が正常でも判断へ影響する可能性があります。
例えば工場設備から、「モーター振動値:異常」というデータが生成されたにもかかわらず、通信経路のどこかで「正常」へ変更されたとします。
AIが受信した「正常」という情報に基づいて「異常なし」と判断した場合、AIモデルそのものには問題がない可能性があります。
問題は、AIへ到達するまでに入力データの状態が変化したことです。
暗号化と伝送データセキュリティは何が違うのか
通信セキュリティというと、最初に「暗号化」を思い浮かべる方も多いでしょう。暗号化は非常に重要な技術です。
ただし、暗号化とデータの真正性・完全性の検証は同じ概念ではありません。
| 観点 | 主な目的 |
|---|---|
| 暗号化 | データの内容を第三者から秘匿する |
| 認証 | 通信相手や主体を確認する |
| 真正性検証 | データやデバイスが正規のものとして検証できるか確認する |
| 完全性検証 | データが変更されていないか検証する |
| 伝送データセキュリティ | データ生成から到達までを総合的に保護・検証する |
例えば、正規のセンサー自体が侵害され、誤った情報を生成した場合、そのデータが暗号化されて正常に送信される可能性があります。暗号化はデータの秘匿には有効ですが、センサー値そのものが現実世界を正しく表していることまでは保証しません。
伝送中のデータには何が起こり得るのか
Physical AIやIoT環境では、データが複数のシステムを経由します。その過程では意図的な攻撃だけでなく、障害などによってもデータの状態が変化する可能性があります。
通信途中のデータ内容が変更されるケースです。例えば「温度100℃」が「温度50℃」へ変更されれば、AIや制御システムの判断へ影響する可能性があります。
本来のデータが別のデータへ置き換えられるケースです。過去の正常データへ差し替えられれば、現在の異常を検知できなくなる可能性があります。
一部のデータが失われるケースです。時系列データを利用するAIでは、欠損が判断へ影響する可能性があります。
A → B → C → Dという時系列がA → C → B → Dへ変化するなど、データの順序が入れ替わるケースです。
過去に取得したデータを再度送信することで、現在の状態とは異なる情報をシステムへ与えるケースです。
Physical AIでは「Data in Transit」の信頼性が重要になる
データセキュリティでは、データの状態を次のように分類して考えることがあります。
保存されているデータ
ネットワークなどを通じて伝送されているデータ
システムやAIなどで処理されているデータ
Physical AIではData in Transitが重要な論点の一つになります。なぜならデータはセンサーからAIへ向かうだけではないからです。
例えばAIが正しく「緊急停止」と判断しても、AIから制御装置へ命令が伝送される過程で内容が変更されれば、最終的な物理動作はAIの判断とは異なるものになる可能性があります。
データ改ざんを「防ぐ」だけではなく「検証できる」ことが重要
セキュリティでは、あらゆる攻撃や障害を完全に防止することだけを前提にするのは現実的ではありません。
そこで重要になるのが、受け取ったデータを検証できる仕組みです。
- このデータはいつ生成されたのか
- データの真正性を確認できるか
- どのデバイスに紐づくデータなのか
- 途中で変更されていないか
- 前後のデータとの連続性が保たれているか
これらを検証できれば、受け取ったデータを無条件に信用するのではなく、検証結果に基づいて扱うことができます。
ハッシュチェーンとは?
株式会社シーズでは、伝送データの真正性・完全性・連続性を検証するハッシュチェーン技術を開発しています。
ハッシュチェーンでは、連続して生成されるデータをハッシュ値によって関連付けます。
このように前のデータとの関係を持たせながら、連続的にデータを記録します。
途中のデータが変更されると、その後のハッシュ値との整合性にも影響するため、データの完全性や連続性を検証するために利用できます。
さらにシーズのハッシュチェーンでは、Seedを用いることでデータの真正性についても検証できる仕組みとしています。
- Authenticity(真正性):データの真正性を検証する
- Integrity(完全性):データが途中で変更されていないか検証する
- Continuity(連続性):連続するデータのつながりが維持されているか検証する
シーズのハッシュチェーンは、Seedによる真正性の検証と、ハッシュ値の連鎖による完全性・連続性の検証を組み合わせ、伝送されるデータを検証可能な状態にする技術です。
ハッシュチェーンとブロックチェーンの違い
ハッシュチェーンとブロックチェーンは名称が似ていますが、同じものではありません。
| 項目 | ハッシュチェーン | ブロックチェーン |
|---|---|---|
| 基本構造 | ハッシュによるデータ連結 | ブロックを連結した台帳構造 |
| 分散合意 | 必須ではない | 構成によって合意形成を利用 |
| 主な用途 | データの真正性・完全性・連続性の検証など | 分散環境での記録・状態共有など |
| システム構成 | 用途に応じて比較的シンプルに構成可能 | 用途に応じたネットワーク・ノード構成などが必要 |
| Physical AI | 連続データの真正性・完全性・連続性の検証などへの応用 | 用途によって処理負荷やシステム構成を考慮 |
Physical AIでは大量のデータをリアルタイムに処理するシステムもあるため、セキュリティだけではなく、必要なリアルタイム性能を維持できるかという観点も重要になります。
伝送データセキュリティと低遅延の両立
Physical AIで重要な技術課題の一つが、Security × Latencyです。
産業ロボット、自動運転、ドローン、半導体製造装置、リアルタイム制御システムなどでは、用途によって厳しい応答時間が求められます。
セキュリティ処理によって、システムに必要なリアルタイム性能を満たせなくなれば、実装が難しくなる場合があります。
データを保護・検証する性能とシステムに必要な低遅延性能を両立することが重要です。
データの真正性とデバイスの真正性を組み合わせる
Physical AIにおける「真正性」は、データだけを考えればよいわけではありません。そのデータを生成するハードウェア自体が正規のデバイスであるかという視点も重要です。
シーズでは、ハッシュチェーンによってデータ・ソフトウェア側の真正性を検証するとともに、半導体固有の物理的特性を利用するチップフィンガープリント技術によって、ハードウェア側の真正性を確認する仕組みを開発しています。
チップフィンガープリントによって、デバイスやハードウェアの真正性を確認します。
ハッシュチェーンによって、データ・ソフトウェア側の真正性に加え、完全性・連続性を検証します。
これらを組み合わせることで、「ハードウェアは正規のものか」「データの真正性を確認できるか」「生成後に変更されていないか」「連続性が維持されているか」といった複数の観点から、Physical AIが利用するデータを検証できる仕組みへつなげることができます。
伝送データセキュリティが必要になる分野
伝送データセキュリティの考え方は、Physical AIだけに限定されません。機械やセンサー間で重要なデータを扱う幅広い分野で検討できます。
センサー、PLC、ロボット、AIなどの間で大量のデータが流れます。
カメラ、LiDAR、レーダーなどから取得するデータの真正性や完全性が重要になります。
機体情報、位置情報、映像、制御命令などが継続的に通信されます。
医療機器などから取得されるデータでは、真正性・完全性や来歴が重要になる場合があります。
温度、時間、工程情報などについて、記録後に変更されていないことを検証できれば、品質管理や監査にも活用できます。
大量の装置データを高速で処理する環境では、データの真正性・完全性と低遅延を同時に考える必要があります。
Physical AI時代には「データそのもの」が重要なセキュリティ対象になる
従来のサイバーセキュリティでは、ネットワーク、端末、サーバー、アカウントなどが主な防御対象として考えられてきました。
Physical AIではそれらに加えて、Dataそのものも重要なセキュリティ対象になります。
AIが高性能であっても、判断材料となるデータの真正性・完全性・連続性を確認できなければ、システムとして適切な判断材料を与えられているかを評価することが難しくなります。
まとめ|Physical AI時代は「データを送れる」から「データを検証できる」へ
Physical AIでは、現実世界から取得された大量のデータがAIへ送られ、AIの判断や制御命令が再び現実世界の機械へ送られます。
暗号化は重要ですが、データを第三者から秘匿することと、データの真正性・完全性・連続性を検証できることは同じではありません。
- デバイスやハードウェアの真正性を確認できるか
- データの真正性を確認できるか
- 生成後に変更されていないか
- データが欠損していないか
- 想定した順序や連続性が維持されているか
- AIの入力として利用するための検証条件を満たしているか
株式会社シーズでは、ハッシュチェーン、チップフィンガープリント、スクランブルメモリなどの技術を開発し、それらを組み合わせることで、Physical AI時代のTrust Infrastructureの構築を進めています。
「AIは何を判断したか」だけではなく、「AIが判断に利用したデータの真正性・完全性・連続性をどこまで検証できるのか」という視点が重要になります。
伝送データセキュリティに関するよくある質問
伝送データセキュリティとは何ですか?
センサーやデバイスで生成されたデータがAIやサーバーなどへ到達するまで、データの機密性・真正性・完全性・連続性などを保護・検証するための考え方です。
暗号化とは何が違いますか?
暗号化は主に第三者からデータの内容を秘匿する技術です。伝送データセキュリティでは、それに加えてデータの真正性、改ざん、欠損、差し替え、連続性などについても考えます。
Physical AIでなぜ重要なのですか?
Physical AIではセンサーデータをもとにAIが判断し、その結果が機械の物理動作につながるためです。入力データが変更されれば、AIモデルが正常でも判断や動作へ影響する可能性があります。
ハッシュチェーンとは何ですか?
連続するデータをハッシュ値によって関連付ける仕組みです。シーズのハッシュチェーンでは、Seedによる真正性の検証と、データの完全性・連続性の検証を組み合わせています。
ハッシュチェーンで真正性も検証できますか?
はい。シーズのハッシュチェーンでは、Seedを用いてデータ・ソフトウェア側の真正性を検証します。チップフィンガープリントによるハードウェアの真正性確認と組み合わせることで、Device TrustとData Trustの両面から検証する考え方です。
ハッシュチェーンとブロックチェーンは違いますか?
異なります。ハッシュチェーンはハッシュ値によって連続データを関連付ける構造で、必ずしも分散台帳や分散合意を必要としません。ブロックチェーンは用途や方式に応じて、分散ネットワークや合意形成などを組み合わせます。
どのような産業で必要になりますか?
製造、ロボット、自動車、ドローン、半導体、医療、食品、重要インフラなど、センサーデータや機械間通信の真正性・完全性が重要となる幅広い領域で検討できます。




























