AIが現実世界を認識し、判断し、ロボットや機械を動かす Physical AI(フィジカルAI)。 ヒューマノイド、産業ロボット、自動運転、ドローン、 スマートファクトリーなどへの活用が広がる一方で、 新たな課題として重要性を増しているのが Physical AIセキュリティです。
Physical AIでは、従来のサイバーセキュリティのように 「ネットワークへの不正侵入を防ぐ」 「サーバーを守る」 「アカウントを保護する」 だけでは十分とは限りません。
Physical AIセキュリティとは、 AIモデルだけではなく、 センサー、デバイス、通信、データ、AI、制御、 物理動作までを対象として安全性と信頼性を確保する考え方 です。
- Physical AIセキュリティとは何か
- 従来のサイバーセキュリティとの違い
- Physical AIにおける代表的なセキュリティリスク
- 暗号化だけでは十分ではない理由
- Device TrustとData Trustの重要性
- Physical AIに必要な5つのTrust
- Physical AI Trust Infrastructureという考え方
- セキュリティと低遅延を両立する必要性
Physical AIセキュリティとは?
Physical AIセキュリティとは、 AIモデルだけではなく、Physical AIを構成する センサー、デバイス、通信、データ、AI、制御、 物理動作までを対象として安全性と信頼性を確保する考え方 です。
Physical AIの基本的なデータフローを単純化すると、 次のようになります。
例えば工場内を走行する自律搬送ロボットでは、 カメラや距離センサーなどから周囲の情報を取得します。 そのデータをAIが処理し、 障害物や人の位置などを認識して、 停止・減速・回避などの制御判断につなげます。
ここで重要なのは、 AIモデルが正常でも、Physical AIシステム全体の安全性が 自動的に保証されるわけではない という点です。
AIへ入力されるデータが改ざん・偽装されていれば、 AIはその入力に基づいて処理を行います。
Physical AIでは、 AIモデルの安全性と、 AIへ入力されるデータの信頼性を 分けて考える必要があります。
なぜPhysical AIでは新しいセキュリティが必要なのか
従来のITシステムでも、 情報漏えい、不正アクセス、マルウェア、 データ改ざんなどさまざまなサイバーリスクが存在します。 Physical AIにもこうしたリスクは存在します。
大きな違いの一つは、 サイバー空間で発生した問題が、 現実世界の物理的な動作へ影響する可能性があること です。
そのためPhysical AIでは、 Cybersecurityだけではなく、 AI Security、Functional Safety、Data Integrityなどを 横断して考える必要があります。
従来のサイバーセキュリティとPhysical AIセキュリティの違い
両者の違いを整理すると、次のようになります。
| 項目 | 従来のサイバーセキュリティ | Physical AIセキュリティ |
|---|---|---|
| 主な保護対象 | PC、サーバー、アカウント、ネットワークなど | センサー、デバイス、データ、AI、制御機器など |
| 主なデータ | 業務データ、個人情報など | 映像、位置、距離、温度、制御情報など |
| 利用主体 | 人間、アプリケーションなど | 人間、AI、ロボット、機械など |
| 想定される影響 | 情報漏えい、サービス停止、データ改ざんなど | 情報被害に加え、判断・制御・物理動作への影響 |
| 認証・識別対象 | ユーザー、システム、デバイスなど | ユーザー、システム、デバイス、センサーなど |
| 重要な観点 | 機密性・完全性・可用性など | 機密性・完全性・可用性に加え、生成元・安全性など |
| リアルタイム性 | システム要件による | 物理制御を伴う用途では特に重要 |
CIAとは?
機密性。許可されていない主体から情報を保護します。
完全性。情報が意図しない形で変更されていないことを確認します。
可用性。必要なときにシステムや情報を利用できる状態を維持します。
Physical AIでもCIAは重要です。 それに加えて、 デバイスやデータの生成元を検証できることや、 現実世界の安全性まで考える必要があります。
Physical AIにおける5つの代表的なセキュリティリスク
Physical AIを守るには、 AIモデルだけではなく、 データが生成されてから物理動作へ至るまでの 複数の攻撃面を考える必要があります。
1. デバイスのなりすまし
Physical AIでは多数のセンサーやデバイスが接続されます。 そのため、 AIへデータを送っている機器が想定した正規の機器なのか を検証する仕組みが重要になります。
攻撃者が正規センサーになりすまして偽のデータを送信できれば、 AIの判断へ影響を与える可能性があります。
2. センサーデータの偽装・改ざん
AIは現実世界そのものではなく、 カメラや各種センサーによってデータ化された情報を処理します。
例えば実際には「温度100℃」だったデータが 「温度50℃」へ変更され、 AIが50℃という入力を受け取れば、 AIはその入力に基づいて判断します。
高性能なAIであっても、 入力データが偽装・改ざんされていれば、 その入力を前提とした判断が 現実世界の状態と一致しない可能性があります。
3. 通信途中のデータ改ざん
Physical AIではデータが、 センサー、エッジデバイス、ネットワーク、AI、 制御装置など複数の機器・経路を移動します。
- データの変更
- データの差し替え
- 古いデータの再送
- 一部データの欠損
- データ順序の変更
ここで重要になるのが Data Integrity(データ完全性)です。 AIへ到着したデータだけを見るのではなく、 生成後に意図しない変更が行われていないかを 検証できることが重要です。
4. AIそのものへの攻撃
Physical AIでも、 AIモデルやAIシステムそのものへの攻撃を考える必要があります。
- 学習データの汚染
- モデルへの不正アクセス
- モデルの改変
- 敵対的入力
- 推論処理への干渉
ただし、 AI SecurityだけがPhysical AI Securityではありません。 AIモデルが保護されていても、 センサー、通信データ、制御命令などが侵害されれば、 システム全体へ影響する可能性があります。
5. 制御命令の改ざん
Physical AIではAIの出力が最終的に機械の制御へつながります。 そのため、 AI → Control の通信も重要な保護対象です。
例えばAIが「停止」と判断していても、 制御装置へ到達するまでに命令が「前進」へ変更されれば、 AIの判断とは異なる物理動作につながる可能性があります。
暗号化だけではPhysical AIを守れない理由
通信の暗号化はPhysical AIでも非常に重要です。 ただし、暗号化が主に解決するのは 第三者からデータの内容を秘匿することです。
Physical AIではそれに加えて、 次のような点も考える必要があります。
- どのデバイスに紐づくデータなのか
- デバイスを適切に認証できているか
- データが途中で変更されていないか
- データの欠損や再送がないか
- 想定した順序や連続性が維持されているか
例えば攻撃者が正規デバイスそのものを侵害し、 誤ったデータを生成した場合、 そのデータが正常に暗号化されて送信される可能性があります。
暗号化されていることは、 センサー値やデータ内容が 現実世界を正しく表していることまで保証するものではありません。 Confidentiality、Integrity、Authenticityなどを 適切に組み合わせること が重要です。
Physical AIで重要になる「データ真正性」とは
Physical AIで重要になる概念の一つが、 Data Authenticity(データ真正性)です。
ここでは、 データが想定された送信元・デバイスに紐づくものであることや、 生成後に不正な変更を受けていないことなどを 検証できる状態として考えます。
工場Aの想定されたセンサーから取得されたデータなのか。
対象ロボットのカメラに紐づくデータなのか。
対象機体に紐づく位置データなのか。
ただし、生成元を認証できたことと、 センサー値そのものが現実世界を正確に表していることは 同じではありません。 Physical AIでは、 生成元・完全性・センサーの健全性などを分けて考えること が重要です。
Physical AIでは「人」だけではなく「機械のIdentity管理」が重要になる
Zero Trustでは、 ユーザーやデバイスを無条件に信用せず、 アクセスごとに検証する考え方が重視されます。
Physical AIでは、 ロボット、センサー、カメラ、エッジデバイス、 AIシステム、制御装置など、 多数の機械・システムが連携します。
Never Trust the Data. Physical AIへZero Trust的な検証思想を拡張した概念的な表現です。
そのためIdentity Securityの対象は、 人やアカウントだけではなく、 機械やデバイスにも広がっていく と考えられます。
Physical AIに必要な5つのTrust
株式会社シーズでは、 Physical AIのセキュリティを単一技術だけで考えるのではなく、 一連のTrustとして捉えることが重要だと考えています。
デバイスを識別・認証し、 想定した機器であることを検証します。
データの完全性や連続性などを検証し、 意図しない変更が行われていないかを確認します。
通信途中の改ざん、欠損、差し替えなどを 保護・検証します。
AIモデルだけではなく、 推論に利用する入力データも含めて信頼性を考えます。
AIから制御装置やアクチュエーターへ伝わる 命令の完全性などを考えます。
これらのいずれかに問題が生じれば、 Physical AIシステム全体の信頼性へ 影響する可能性があります。
Physical AI Trust Infrastructureという考え方
このようなPhysical AI全体の信頼性を支える基盤を、 株式会社シーズでは Physical AI Trust Infrastructure として捉えています。
シーズが目指しているのは、 Physical AIを構成する各レイヤーに対して 個別にセキュリティを考えるだけではなく、 全体を横断してTrustを検証できる基盤 を構築することです。
シーズが研究開発するPhysical AI向けセキュリティ技術
株式会社シーズでは、 Physical AI時代のTrust Infrastructureを構築するため、 複数の技術を研究開発しています。
チップフィンガープリント
半導体製造時に生じる物理的な個体差を デバイス固有の識別へ活用し、 Device Trustの起点とする技術です。
Physical AIでは多数のセンサーやデバイスが接続されるため、 機器を識別・認証する仕組みが重要になります。
ハッシュチェーン
Physical AIでは、 センサーからAIまで大量のデータが継続的に伝送されます。 シーズでは、データを連続的に関連付けて検証する ハッシュチェーン技術を開発しています。
シーズのハッシュチェーンでは、 データの改ざん有無や連続性だけでなく、 Seedを用いることでデータの真正性も検証します。
- Authenticity(真正性):正規の仕組みに基づいて生成されたデータか
- Integrity(完全性):データが途中で改ざんされていないか
- Continuity(連続性):データの連続性が維持されているか
スクランブルメモリ
Physical AIでは通信中だけではなく、 エッジデバイスやロボット内部に保存される データについても保護する必要があります。
シーズでは保存データを保護する技術として スクランブルメモリを研究開発し、 Data at Restについても Trust Infrastructureへ組み込むことを目指しています。
Physical AIではリアルタイム性も重要になる
Physical AIセキュリティでは、 Latency(遅延)も 重要な技術要件になります。
自動運転、産業ロボット、ドローン、協働ロボットなどでは、 通信や処理の遅延が物理的な制御へ影響する可能性があります。
セキュリティ処理を追加しながら、 対象システムに必要なリアルタイム性能を維持すること が重要になります。
Physical AIセキュリティはどの産業で必要になるのか
Physical AIセキュリティは、 ロボットだけの問題ではありません。 AIが現実世界の情報を利用して判断・制御する 幅広い産業に関係します。
ロボット、PLC、センサー、カメラ、AI、MES、 クラウドなど多数のシステムが連携します。
自動運転やADASでは多数のセンサー情報を利用して 周囲を認識するため、入力データの信頼性が重要です。
位置、映像、高度、速度、機体情報、 制御情報などがリアルタイムにやり取りされます。
自律搬送ロボットなど多数の機械が連携する環境では、 機器間通信や制御の信頼性が重要になります。
エネルギー、交通、通信、水道などへAIが導入されれば、 AIによる判断が社会機能へ影響する可能性があります。
Physical AI時代に企業が確認すべき7つのポイント
Physical AIを導入する際には、 AIモデルの性能だけではなく、 デバイスから制御までのセキュリティ要件を確認することが重要です。
接続されている機器を適切に識別・認証できるか。
どのセンサーや機器に紐づくデータなのか確認できるか。
データが途中で変更された場合に検出できるか。
時系列データの連続性を検証できるか。
エッジ環境やロボット内部のデータを保護できるか。
入力側だけではなく、出力側の完全性も検証できるか。
セキュリティ処理を含めても必要な応答性能を満たせるか。
Physical AI時代のセキュリティは「境界防御」から「信頼の検証」へ
従来は、 組織ネットワークの内側と外側に境界を設けて守る セキュリティモデルが広く利用されてきました。
クラウドやリモートワーク、 多数の接続デバイスが利用される現在では、 ネットワーク上の場所だけを理由に無条件で信用しない Zero Trustの考え方が重要になっています。
Physical AIでは、 その検証対象がさらに広がります。
- Deviceを無条件に信用しない
- Dataを無条件に信用しない
- Communicationを無条件に信用しない
- AIへの入力とAIからの出力を検証する
まとめ|Physical AIで守るべきなのは「AIが信じるもの」
Physical AIの普及によって、 AIはデジタル空間だけではなく、 現実世界の機械やシステムの判断・制御にも 利用されるようになります。
そのとき重要になるのは、 AIモデルだけを守ることではありません。
株式会社シーズでは、 Physical AI時代に必要となるこの信頼基盤を Trust Infrastructure として捉えています。
- チップフィンガープリント
- ハッシュチェーン
- スクランブルメモリ
- 自律分散AIセル
「AIはどれだけ賢いか」だけではなく、 「AIが判断に利用しているデータやデバイスを、 どこまで検証できるのか」 という視点が重要になります。
Physical AIセキュリティに関するよくある質問
Physical AIセキュリティとは何ですか?
AIモデルだけではなく、 AIが現実世界を認識するためのセンサー、 デバイス、通信、データ、制御装置、 物理動作までを含めて安全性と信頼性を考える セキュリティの考え方です。
従来のサイバーセキュリティとの違いは何ですか?
Physical AIではAIの判断が機械の制御や物理動作へ つながるため、従来のIT資産に加えて、 センサー、データ、AI、制御命令なども 重要な保護・検証対象になります。
Physical AIではなぜデータ真正性が重要なのですか?
AIは入力データをもとに判断するためです。 AIモデルが正常でも、 入力データが偽装・改ざんされていれば、 判断や制御へ影響する可能性があります。
通信を暗号化すればPhysical AIは安全ですか?
暗号化は重要ですが、それだけですべての問題を解決するわけではありません。 データの機密性に加えて、 デバイスの認証、データの完全性、 生成元、欠損や再送などについても考える必要があります。
Physical AIとZero Trustにはどのような関係がありますか?
Zero Trustの「ネットワーク上の場所などを理由に 無条件で信用しない」という考え方はPhysical AIでも重要です。 Physical AIではデバイス、センサー、データ、 通信、AIなどへ検証対象が広がります。
Physical AIではどのような攻撃が想定されますか?
デバイスのなりすまし、 センサーデータの偽装・改ざん、 通信データの改ざん、 AIモデルや学習データへの攻撃、 制御命令の改ざんなどが考えられます。
Physical AI Trust Infrastructureとは何ですか?
シーズがPhysical AIを構成する デバイス、データ、通信、AI、制御・動作までの 信頼性を横断的に支える基盤として捉えている考え方です。
どのような業界で重要になりますか?
製造、自動車、ドローン、物流、ロボット、 重要インフラなど、 AIが現実世界の情報を利用して機械を判断・制御する 幅広い分野に関係します。




























